徳川家康公ゆかりの地 出世の街 浜松

ゆかりの地めぐり

森町

2023.03.01

静岡県森町をご紹介します。
森町は、徳川家康公ゆかりの地です。

【遠江國一宮 小國神社】

三方ヶ原の戦いの折、家康公は願文と三条小鍛治宗近の太刀を奉り戦勝を祈願した後、武田軍の拠点とならないよう御神霊を移してから火をつけ、社殿はすべて焼失しました。その後、長篠の戦い(天正3年)で勝利を得た家康公は社殿を再建し、以後、徳川将軍家から社殿の改修・修復料を寄進されました。

天正2年4月に犬居城攻略の道すがら参拝し、この石に腰掛けて休憩されたと伝えられます。
以来、この事を悲境をのりこえた「立ちあがり石」と言われ、人生再起や出世の御利益があると多くの人が訪れています。

【戦国夢街道 ハイキングコース】

森町の北部にある三倉を通るこの道は、古くから「遠江国(静岡県)」と「信濃国(長野県)」を結ぶ塩の道と呼ばれ、物資の交易に欠かせない街道でした。また、火伏せの神「秋葉山」への表参道として「秋葉街道」と呼ばれ、多くの道者が行き交う「信仰の道」でもありました。天正2年に家康公が犬居城(旧春野町)を攻撃するも、大雨により気田川が増水し、退却を余儀なくされ、武田方天野氏に追撃を受け命からがら逃げのび、天方城(森町向天方)にたどり着くこととなりました。
この度、家康公ゆかりの地のこの地で、徳川軍と武田軍の奮闘をイメージしたオリジナル動画を制作し、コース内に設置された5つのポイントでQRコードを読み取ると物語を体験できます。

【大平山 榮泉寺】

天正2年の戦(犬居城を攻撃)に敗れた徳川家康は榮泉寺で負傷を療養し、その後、長篠の戦いに向け戦勝祈願を榮泉寺で行いました。慶長9年に征夷大将軍となった家康は、榮泉寺に『天下和平災害不生禍亂』の直筆短冊を送り、三ツ葉葵を寺紋とすることを許しました。

【許禰神社】

森町の北部の三倉を通る「秋葉街道」沿いに鎮座し、家康公から拝受したと伝えられる「天下和平不生禍亂」の短冊が奉られ、境内にはこれを写した記念石碑が建立されています。これは、三倉の郷士三倉久右衛門が家康公を匿ったことから拝領したと伝えられます。

【天方城跡(城ヶ平公園)】

永禄12年(1569年)山内山城守が城主の時、家康公に攻められ、山内氏は家康の家臣になりました。元亀3年(1572年)武田信玄の攻撃を受け、山城守は戦わずして降伏しました。家康公は翌天正元年、再度兵を率いて天方城を攻撃し、落城させました。現在は公園として展望台などが整備されています。

【極楽寺】

極楽寺は別名あじさい寺とも呼ばれ、境内には約1万3千株ものあじさいが咲きます。また、家康公の長男・松平信康が切腹した二俣城の「松の間」から移設された「石ずりの戸」を拝観することができます。