徳川家康公ゆかりの地 出世の街 浜松

家康公ゆかりの「地」

モデルコース

家康公にまつわる旧跡を、テーマ別に巡る観光コースをご紹介。
当時の家康公の心情を思い巡らせながら、さまざまな逸話が残るスポットを訪ねると、これまでとは異なる家康公の人物像が浮かび上がります。

  • 三方ヶ原合戦の敗走路を辿る旅
  • 家康公の愛と苦悩を巡る旅

モデルコース その壱三方ヶ原合戦の
敗走路を辿る旅

徳川家康公の生涯最大の負け戦・三方ヶ原の戦い。
家康軍は、武田軍の圧倒的な戦力の前に総崩れとなり、
わずかな護衛と共に命からがら浜松城へ逃げ帰りました。
その敗走路を辿りながら、家康公のエピソードや伝説のスポットを訪ねるコースです。

三方原古戦場

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三方原古戦場

1572年、武田信玄と徳川家康が戦った「三方原の戦い」。三方原台地の一角には、この周辺が戦いの舞台となったことを示す碑が建てられています。

Pickup
  • 小豆餅
  • 小豆餅から銭取りへ

    三方原の合戦で大破した家康公は浜松城に逃げる帰る途中、空腹に耐えかね道端の茶屋で小豆餅をほおばりました。そこへ武田軍が追ってきたので家康は銭を払わず逃げ、茶屋の老婆は食い逃げと思い、「銭を!」と追いかけたという言い伝えがある浜松の銘菓です。

犀ヶ崖古戦場

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犀ヶ崖古戦場

犀ヶ崖は浜松城から約1km北にある断崖。三方ヶ原の戦いで大敗した家康公は、その夜に一矢を報いようと、犀ヶ崖近くで野営する武田軍を急襲。武田軍は崖に転落して多くの死者を出したという言い伝えがあります。

浜松八幡宮

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はままつはちまんぐう 浜松八幡宮

927年に創建された神社で、勝運や立身出世などの神様として親しまれています。境内のクスノキは「雲立の楠」と呼ばれ、三方ヶ原の戦いに敗れた家康公が、クスノキの洞に逃げ込んで身を隠していたところ、木から雲が立ち上がり、白馬に乗った神霊が浜松城へと飛び立つのを見たという伝説があります。その後、家康公は八幡宮を徳川家代々の祈願所と定め、武運を祈願するようになりました。

鎧掛けの松

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よろいがけのまつ 鎧掛けの松

市役所の西側にある「鎧掛松(よろいがけのまつ)」は、三方ヶ原の戦いで敗れて浜松城に逃げ帰った家康公が、鎧を脱いでこの松に掛けたという伝説から、その名が付けられました。現在の松は3代目で、初代の松は浜松城内の堀の近くにあったといわれています。

モデルコース その弐家康公の愛と
苦悩を巡る旅

築山殿と長男・信康の悲劇にまつわる場所や、側室・西郷の局と次男・秀康誕生の場所など、
家康公の愛と苦悩の舞台となった場所を巡るコースです。
天竜川沿いから奥浜名湖、南下して佐鳴湖と、水辺を巡るドライブコースとしても楽しめます。

清瀧寺

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せいりゅうじ 清瀧寺

悲劇の最期を遂げた家康公の嫡男、岡崎三郎(松平)信康を供養するために建立された清瀧寺。枯れたことのない清滝が趣深く、秋には美しい紅葉を見ることができます。

二俣城跡

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二俣城跡

二俣城は地理的に遠州平野の扇の要に当たる重要拠点で戦国時代には徳川・武田両氏の攻防の舞台となった要塞です。家康公が信長の命により長男・信康を切腹させられたといわれる悲劇の舞台として広く知られています。

龍潭寺

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りょうたんじ 龍潭寺

733(天平5)年、行基菩薩の開山した古刹。国指定名勝記念の小堀遠州作の庭園のほか、左甚五郎作の龍の彫刻など、数々の文化財を有します。井伊家40代に到る祖霊を祀る菩提寺。

中村家住宅

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中村家住宅

江戸時代の庄屋屋敷で主屋は国重要文化財。18代正吉から徳川家康公に仕えた名門で、徳川家康の次男結城秀康が誕生した屋敷として知られています。

西来院

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せいらいいん 西来院

1428年開創の曹洞宗の寺院。悲劇的な死を遂げた家康公の正室・築山殿の廟所がある寺として有名です。築山殿の廟堂・月窟廟は一時戦災のため焼失しましたが、1978年の400年忌に復元されました。

  • 三方ヶ原合戦の敗走路を辿る旅
  • 家康公の愛と苦悩を巡る旅